俺様外科医との甘い攻防戦

「陽葵?」

 聞きたい声なのに、今は一番聞きたくなかった声を聞き、その声の方へ顔を向ける。

 久城先生は仮眠室のある奥の角からこちらに歩み寄ってきて、その後ろには看護師が控えている。

 仮眠室から、ふたりで出て来たの?

 揺らぐ景色を見ていられなくて、跳ねるように立ち上がる。

「陽葵!」

 駆ける私を久城先生が追いかけてくる。
 それも、一緒にいた看護師の人に指示まで飛ばして。

「悪い。北川さん! 俺の退勤処理を頼む。適当に辻褄を合わせて、誤魔化しておいて!」

 嫌だ。あの看護師の人が『北川さん』だなんて知りたくなかった。
 退勤処理をお願いできるくらい、頼りにしていることとか。

 ううん。どうせならもっと早く知りたかった。

 久城先生が私に『付き合おう』と言い出したのは、東雲先生から遠ざけるためだってことを。
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