俺様外科医との甘い攻防戦

 いくら逃げ足が速くても、脚の長さが違う。病院を出たところで腕を掴まえられる。

「嫌だ。離して!」

「馬鹿。離せるかよ。家に帰って一旦落ち着こう」

 嫌だ。あの家には帰りたくない。
 今朝まで幸せに浸っていたあの場所に。

「自分の家に帰ります」

 頑なな態度を感じ取ったのか、珍しく久城先生が折れる。

「わかったから、せめてマンションまで送らせて」

 タクシーを止め、乗るように促される。
 ここで、ごねてはマンションに帰れなくなるかもしれない。

 無言のまま、タクシーに乗り込むと、久城先生も後に続く。
 久城先生を気にしつつも、マンションの近くの地名を口にする。

「都波5丁目、環八の交差点まで」

 久城先生は何度も聞いた『ベリーヒルズビレッジのレジデスまで』とは言わない。
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