俺様外科医との甘い攻防戦
私のマンションは、ベリーヒルズビレッジから8駅。乗り換えなしとは言え、都心から離れていく方向で、距離にしたら割とある。
財布もなにも持たずに来ちゃったけど、タクシー代、知らないんだからね!
開き直って、外の景色を眺める。
流れていく風景が、どこか別の世界で行われているような気がした。
私がなにか言う前に久城先生がタクシー代を払い、一緒に降りる。
久城先生まで降りなくても。と、思うけれど、きっと私がマンションに入るまで見届けるとか言いそうだ。
余計な会話をする気にもなれず、久城先生の存在を無視してマンションへと向かう。
「あの、ここなので。タクシー代、今度返させてください。財布もなにも……。あ!」
自分がどれだけ大馬鹿ものか。
このときほど、自分が惨めだと思ったことはない。
「どうした」
「財布どころか、鍵も、バッグの中で。全部、病院のロッカー……」
「そうか」
久城先生はただそう言うだけで、顎に手を当てる。
いつもなら吹き出して、なにか声をかけてくれるのに。