俺様外科医との甘い攻防戦

 次に口を開いたのは、私を知ったきっかけ。

「俺、眠れない質で」

「はい」

 眠れないところを見たことがないから実感はないけれど、そう聞き及んでいる。

「その日は手術直後の上に、疲労も重なった最悪のコンディションのまま、自販機のある休憩所で、コーヒーを飲んでいた。そこに陽葵が通りかかって」

 話の流れに驚いて、目を丸くする。

「え、だって、手術直後は、その」

「ああ。若くてかわいい子だったし。まずいな。ここでこの子を襲ったら、俺の医師人生は終わりか。なんて頭の中で考えていた」

 本当に『その子』は私だろうか。
 全くその状況を、思い出せない。

「陽葵は俺の事情を知る由もなく、項垂れている俺の前に立ち『ホットミルクの方が眠くなりませんか?』って話しかけてきた」

 そうだ! 思い出した。

 ものすごく眠そうなのに、コーヒーを手にした医師が気になって話しかけた。
『自販機にホットミルクはないでしょう』と、提案は不発に終わり、恥ずかしかった記憶まで。

「久しぶりに声を出して笑ったよ。それで……」
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