俺様外科医との甘い攻防戦

「……はい」

 緊張で声が震える。

 消えかけた声は確かに届いたようで、ギュッと抱き締められる。

「良かった。本当に」

 安堵の声を漏らす久城先生に、つい数日前まで怒っていた内容を告げる。

「でも、勝手に『婚約した』と周りに言うのは、やめてほしかったです」

「院内の噂は面倒なんだ。上に、陽葵は俺の婚約者だと報告しなければ、収集がつかなかった」

 本当に?

 外堀から埋められ、退路を絶たれたような気もしなくもない。

 けれど、『婚約者』だと先回りして言われたことを、あまり怒れないのは、確かに周りの反応が好意的だったから。

 そもそも女性の噂のない久城先生。
 その上、しつこく言い寄った看護師を辞めさせる徹底ぶり。

 その人と婚約、しかも作業療法士となれば、言い寄ったのは久城先生でなければあり得ないと、認められたというか。

 これが恋人となれば、みんなの見方も違ったかもしれないと思うと、恐ろしくなる。

「『頑張り屋の作業療法士、奥村さん』を律紀の毒牙から守ったのに、俺が居づらくさせてしまっては本末転倒だろ?」

 同意を取り付けるような言い方に、肯けるわけもなく、思っているままを伝える。
< 150 / 165 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop