俺様外科医との甘い攻防戦
「久城先生!」
大きな背中が白衣を翻しながら、ゆっくりと振り返る。
「あのっ。午前中はオペだったんじゃ」
ああ、もう! こんなことが言いたいんじゃない。
「無症候性脳腫瘍の患者だから、手術は急がない。昨日、風邪を引かれたため、回復して体調が整ってからと、急遽決まった」
「そう、ですか……。あの、ありがとうございます」
例え手術が延期されたからと言って、暇というわけでもないだろう。時間を作ってくれたのは明白だ。
「俺は市原さんの主治医だからね。当然だよ」
優しく微笑まれ、胸がキュンと鳴く。
表面的には平静を装っているのに、それを嘲笑うかのように、久城先生は一歩私との距離を詰める。
それだけで仮面が剥がれ落ちそうなのに、腰を折った久城先生はわざわざ耳元に唇を寄せ付け加える。
「リハビリとは言え、手を握っていたのは少し妬けるけどな」
「なに、を、馬鹿な」
反射的に体を離し、耳を押さえる。
動じずに応対するつもりが、まんまと久城先生の策略にはまっていくみたいで悔しい。
「ま、これも貸しって言うのなら、今度食事に付き合って」
手をヒラヒラさせて去っていく後ろ姿を、ぼんやりと眺める。
本当、どうして私に言い寄ってくるような素振りをするんだろう。そんな風にからかって、なにがしたいんだろう。
不可解に思いながらも、確実に上がっている心拍数を押さえ込み、リハビリステーションの市原さんの元に急いだ。