俺様外科医との甘い攻防戦

 納得してくれただろうか。

 久城先生の横顔を盗み見ても、ただ美しいだけでなにも読み取れない。

「それなら、どうして憧れているのか聞いていいか? なにか、きっかけがあったんだろ?」

 両手を組み、私を覗き込むようにして質問をする。

「笑わないで、聞いてくれますか?」

「ときと場合による」

 別に、ドラマチックななにかがあるわけではない。

 笑われるだろうだな、と思いながら口を開く。

「私がまだ小学生の頃、急にお腹が痛くなって。そのときに助けてくれたんです」

「それ、だけ?」

 あからさまに拍子抜けした声を聞き、ムキになって反論する。

「私にとっては『それだけ』では、なかったんです。親の都合で転校したばかりの頃で、その人の優しさに救われて」

 帰り道、うずくまっている私に声をかけてくれた。
 小学生三年生だった私は、恥ずかしくて『お腹が痛い』とは言えなかった。

 それでも、背中を撫でてくれる大きな手は優しかった。

「親の都合の転校ね。俺もそういう小学生が、道にうずくまっているところに遭遇したことがあるな。中学の頃」

「小学生のうちなら、転校くらいって親は軽く考えるんですよね」

 私と同じように、転校を経験した人はたくさんいる。
 そのくらいありきたりなものだと、今ならわかる。

 それでも、当時はつらかった。
< 30 / 165 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop