俺様外科医との甘い攻防戦
戸惑うアプローチ

 どういう意味だったのか。

 一晩寝てみても、体の奥に響く低い久城先生の声が耳から離れない。

『俺の部屋で待っていてくれ』
『奥村さんが家で待っているのなら』

 まるで、恋人に愛を囁くように紡がれた蜜語。

 いや、違う。
 久城先生にとって、モテる医師にとって、きっと軽い挨拶代わりだ。

「奥村さん。どうした。ボーッとして」

 市村さんの声を聞き、慌てて取り繕う。

「す、すみません。今度の手術見学の予定が怖くて、どうしようかと考えを巡らせてしまって。お恥ずかしい話、血が、苦手なんです」

 つい口から出た言い訳も、半分以上は本心だ。

 作業療法士も理学療法士も手術の見学は、リハビリをするにあたり勉強になる点がいくつもある。

 特に整形外科患者の手術は、どこを痛め、実際にどのような処置をしたのか、などを知れば今後のリハビリに活かせられる。

 これも重要な職務だとは理解しているが、どうにも血のイメージが先行してしまう。

 苦手な血を見る羽目になる手術見学の申し込みを控え、いつもならそれで頭がいっぱいのはずで。
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