俺様外科医との甘い攻防戦
「オラージュなら、ゆっくり話せるでしょ?」
「や、話す用事はないんだけどな」
「なに言ってんの! あんまり待たせちゃダメよ」
「お先〜」と軽やかな足取りで去って行く歩美の背中を見つめ、ドッと背中に汗が流れる。
なにが? どうして?
昨日、誘われた家に行かなかったからご立腹とか?
よろめいて手を付くと、ガタガタガタッと大きな音を立ててしまう。参考書などの分厚い本が雪崩れを起こし、デスクから滑り落ちた。
「どうした〜。大丈夫か〜」
離れた席で、同じように残業をしている先輩に心配される。
「だ、大丈夫です! お騒がせしました!」
動揺し過ぎ!
下に散乱した本をかき集めると、その中の一冊『脳梗塞〜さまざま症例と治療〜』という題名が目に飛び込んでくる。
昨日、返しそびれたまま。
行く選択肢しかないよね。
入力し終えたカルテを保存して、パソコンをシャットダウンする。
久城先生の連絡先は知らない。それなのに、このまま無視して帰る、という暴挙に出るほどの勇気はない。
それに、オラージュで待つように勧めた歩美にも迷惑はかけられない。
重い腰を上げ、渋々『カフェ・オラージュ』へと向かった。