復讐目的で近づいた私をいくらで飼いますか?
しばらくして、新と2人きりになる時間が訪れた。会場の隅っこで呑気にローストビーフを食べている私を無言のまま新は見つめてくる。
「食べたいの?」
「うん」
私の問いかけに素直に頷く新。
そうか、そんなにローストビーフが食べたいんだ。
珍しく子供みたいで可愛いという印象を持った。
「取ってきて差し上げましょうか?」
気が利く女をアピールしようかしら。
脳裏によぎるのは卑しい下心だった。
「違う。」
新の一言に対して、頭の上に?マークが浮かぶ。『違うって何が?』と訊ねようとした私を制するように、彼は私の手首を掴んで歩き出した。
「っ…新? どこいくの?」
「……」
彼の背中に向けて質問する。けれど無言のまま、遂には会場の外に出て人気のない廊下を突き進む。
何処か、なんて答える気は全くないんだろう。今の新に何か訊くのは無意味だと察した私は抵抗もせずに歩数を重ねた。
それから新はエレベーターの前でピタリと立ち止まる。
「……戻らないと、大騒ぎになるんじゃない…?」
痺れを切らしたように私は言葉を発した。
「………5分くらい良いだろ。」
「5分で戻れる場所?」
「……………どこ行くとか決めてない。少しだけ…お前と2人になりたかっただけ。」
エレベーターが到着したことを知らせる音が鳴る。ポーンという気が抜けたような音に反して、私の心持ちは異常だった。
「2人きり…?」
なんの意図が…おありで?
ぐるぐると脳内で思考しながらエレベーターに乗り込む。
何か気に食わないような立ち振る舞いをしていただろうか。
食べたいって言っていたローストビーフ、もっと取り分ければよかっただろうか。
自分の行いを真剣に振り返っている最中、エレベーターの扉が閉まった。
そしてその瞬間、新は私の唇を奪った。
「っ……な、に…?」
「………逃げるなら今だ」
下へと徐々に下がっていくエレベーターの中。私の耳元で新は囁く。
「逃げるって何から…?」
「このパーティーから。この会場から。……………この街から。」
「………俺から…。」
鋭い眼光が至近距離で私を射抜く。逸らせない瞳に捕らわれたように感じる私に、新は食らいつくようなキスをした。
唇を舐め上げて、半開きになった隙間に舌をねじ込めばクチュクチュと音を立てて深いキスをする。
頬にあった新の手はゆっくりと私の首元を撫でて、揺るがない征服感を私に与えた。
「……逃げないよ…。私、新のこと好きって前に言ったじゃない…」
「見え透いた嘘は要らない。」
柔らかく私の手を握りながら、下の階に着くまで唇を離そうとしなかった。
試されているんだと思った。
ここで逃げれば許婚を解消してもらえるのかもしれない。復讐を辞めて、真っ当な生き方ができるようになるのかもしれない。
でもなんで今ここで?
なぜこのタイミングなのかが未だにわからない。
エレベーターの扉が開く。それと同時に新は私から離れた。