復讐目的で近づいた私をいくらで飼いますか?
新と一緒に来た他会社の幹部と思われる人たちは上機嫌な様子でメニューを眺める。おそらく新も異業種交流目的でここに来たんだろう。
(……落ち着かない。)
復讐を決めた相手が目の前にいる。
それだけで身の毛がよだつ。
「ドンペリ……ゴールドお願いします」
うわぁ…。さすが総資産約2500兆(噂で聞いた額)のIT企業御曹司様。なかなかお目にかかれないと世間で言われている超高級シャンパンを涼しい顔で頼むから本当に気に食わない。
「かしこまりました。」
熟成させてじっくり寝かしたもの。50万円もするのになんて大盤振る舞いだ。
一つ一つのことで彼に嫌悪感を抱いてしまうのはきっと私の宿命なんだろう。
「……純連さん、仕草も身嗜みも洗練されていて…お美しいですね」
「お褒めに預かり光栄です。」
異業種交流の時はスッと気配を殺す。それ以外で話を振られた時は精一杯、場を和ませるのに尽力をする。それが私の仕事。
何気ない様子で時を過ごした。
ママのルールを守り、相手の心を掴む話し方をしながら…。
「このVIPラウンジは街でも美しいと評判の女性が働く場だと伺いました。」
流暢な日本語を話す外国人。雑誌だか広報で見たことがある。
確か翡翠広告社の御曹司の『トニーさん』は見た目が良い金髪の外国人で日本語を巧みに話すってゴシップ好き清掃員の友人、清子(きよこ)が言っていたことを思い出す。
「こんなにも愛想が良くて美しい女性、我が社に欲しいです。」
さすが白人のアメリカ人…。欧米のノリなのかグイグイくる。
好意を寄せられているのは何となく話していてわかったけども…。
「そんなっ…もったいないお言葉…。」
「冗談じゃないですよ。なぜここで働いているんですか?」
『なぜ』と言われましても…。
『ここしか受からなかったからです!』なんて本当のことを言うのはプライドが絶対に許さない。
「よろしければ…その……」
困った。こんなにも自分の気持ちを曝け出されると断り方が難しくなってくる。
助けを求めるわけでもないけれど、ママの方を向くと、ママはママで真剣に接客をしていた。
「あの…えっと……」
慌てていることを悟られないように、話を誤魔化す方向へと話題を出そうと試みると…。
「純連さん」
「っ……」
隣にいた新が唐突に私の名前を呼ぶ。それに不覚にもドキリと胸を高鳴らせながら振り返った。
「追加でシャンパンをお願いしても良いですか?」
「あっ、はい」
シャンパンね。シャンパン。シャンパンかぁ…。
辿々しくなってしまわぬように深呼吸を一度して、先ほどと変わらない笑顔を振りまいた。
「よろしければトニーさんのお好みのものを。お酒に精通しているとお伺いしたのでよろしければお勧めを教えて頂きたく存じます。」
「わかりました。そうですねぇ…」
遮るようではあったけれど、簡単に話の内容は逸れて内心ホッとする。
『助け舟を出してくれた?』という疑問を抱いて新を見つめるけれど、何食わぬ顔でトニーさんとボトルを選んでいた。
幼い頃と違う大人な顔つき。
お酒を飲んでいるところは初めて見たかもしれない。手の甲は少しだけ骨張って、喉仏は昔よりも出ている。
情なんて湧いてたまるか。
この男を不幸のどん底に突き落とす。
それが私の復讐なんだから。