時雨刻
わたくしは、こっそりとあの方の後を着けたりするようになっていました。

言い訳になってしまうかもしれませんが、はじめは、ちょっとしたいたずら心だったのです。

実家のお義姉さまのお使いで、郵便局に行った時のこと。
用事を済ませて局を出ようとした折りに、ちょうどあの方がお見えになられたのです。

ドキン。
ふいに、胸が高鳴ります。

だって、こんな偶然ってあるでしょうか。
あの方は、当然わたくしには気づかないご様子、
外に出た私は急ぎ物陰に隠れ、あの方が出てくるのを待ちました。
これは、バザア以外で、あの方のことを知る、千載一遇のチャンスです。

それに、家に戻ってもどうせまた、意地の悪い義姉にこき使われるだけ。すぐに帰りたくないという気持ちも手伝いました。

格子のガラスを覗き見たところでは、局員さんとのお話が弾んでいたのでしょう。
お手紙のご用をするだけにしては、少し長い時間が過ぎて、あの方は出てまいりました。

あの方は、鼻歌でも歌うような軽い足取りで家路に向かいます。
わたくしは人影に隠れ、その少し後ろを追いかけます。

やがて辿り着いたのは、白い海鼠塀に囲まれた大きな邸宅でした。
女の足では少し遠い、町外れの場所に、ぽつんと離れた一軒屋。

ガラガラと玄関の開く音がすると、出迎える奥様の声。
朗らかな笑い声。

それは、わたくしの憧れた結婚生活そのものです。

きゅうっと、胸が締め付けられました。

暫くすると声は止み、ガラガラと扉が閉まります。

ああ、こんなことなら、後をつけるなんてこと、しなければよかった、あそこであの方と出会わなければよかった。
後悔とともにその場を離れようとした、その時です。

再び二人の声がしました。

ふと見ると海鼠塀の角のところに、亀裂があり、ちょうどいいのぞき穴のようになっています。

わたくしは、吸い寄せられるようにそこに顔をつけました。
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