時雨刻
それはそれは美しい情景でございました。

お庭の隅に色変わりの紫陽花、その向こう側に、縁側に出て寛ぐ美しいお二人の姿があります。

心情にかかわらず、美しい情景はひとの心を魅了します。

不思議なことに、さっきまでの胸苦しさはさっと消え、わたくしはその情景に、いつまでも見とれておりました。

それからわたくしは、しばしばその家を覗きにゆくようになりました。

祖国にお手紙でも出しているのでしょうか。あの方は、きまって金曜日に郵便局を訪れます。わたくしは待ち伏せをし、そっと後をつけます。

はじめのうちは、その金曜日だけ。ですがその間隔は、日に日に近くなってゆきます。

そうしてしばしば、あの方のお隣にいる奥様の顔がわたくしにすげ代わる、白昼夢を見ました。

しかし、そうするうちに、少し気になることが出来てきたのです。
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