哀 夏 に 、





「…なに?」

「ううん、なんでもないよ」



この道をふたりで歩くことがなくなってから、わたしはずっと、知らないフリをしていた。

遠ざかっていく心の隙間は、夏の暑さじゃ埋められなかった。

きっと、冬も無理。春が来ても、秋が来ても、もう戻ることはないんだ。



「 夏弥《かや》 」

「…なに?」

「って名前どおりだね、」



夏が好きな人。

友達と海に行っては黒くなって帰ってきて、ヒリヒリと腫れる肌に触れば、痛そうに顔をゆがめていた。

それでも、夏が好きな人。



「冬優《ふゆ》が言うなよ」



ふゆ、って、彼の口が動く。

ああほんと、ずるいなあ。

それだけでわたしは、じゅうぶんだった。


もうずっと呼ばれてなかった名前、ずっと読んで欲しかった名前。

それが貰えただけで私、もうじゅうぶんだよ。



「…はは、そうかも」



< 2 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop