哀 夏 に 、
「…なに?」
「ううん、なんでもないよ」
この道をふたりで歩くことがなくなってから、わたしはずっと、知らないフリをしていた。
遠ざかっていく心の隙間は、夏の暑さじゃ埋められなかった。
きっと、冬も無理。春が来ても、秋が来ても、もう戻ることはないんだ。
「 夏弥《かや》 」
「…なに?」
「って名前どおりだね、」
夏が好きな人。
友達と海に行っては黒くなって帰ってきて、ヒリヒリと腫れる肌に触れば、痛そうに顔をゆがめていた。
それでも、夏が好きな人。
「冬優《ふゆ》が言うなよ」
ふゆ、って、彼の口が動く。
ああほんと、ずるいなあ。
それだけでわたしは、じゅうぶんだった。
もうずっと呼ばれてなかった名前、ずっと読んで欲しかった名前。
それが貰えただけで私、もうじゅうぶんだよ。
「…はは、そうかも」