哀 夏 に 、





わたし、上手く、笑えてるかな。

いつから、上手に笑えなくなったのだろう。
上手く笑いたくても、ちっとも、笑えない。


楽しかったあの頃を思い出すと笑顔がこぼれるのに、それが全部ただの過去だと思えばそう思うほど、結局私は哀れなのだ。

部屋着しか見なくなった。ふたりで外に出かけることがなくなった。

あんなにうれしかった合鍵は、背中を見送るためだけになった。

その扉をどちらが先に開けられるか競争していたころが懐かしくて、わたしを置いて出ていくその姿に、行ってらっしゃいとしか言えなくなった。



夏は二人でアイスを半分こしたね。

でも半分じゃ足りないから、半分にできるアイスをふたつ買って、溶けないうちに早くほおばるその姿を見て笑っていた私と、お腹を押さえて笑う私に楽しそうにスマホを向けて写真を撮ってたきみ。

その写真フォルダのなかにわたしが増えなくなって、わたしにスマホを向けることすらなくなったこと、気づいてる?

わたしがいるから、って早く帰るようにしていたサークルの集まりもバイトの飲み会も、いつのまにか行くようになってたね。


行かないよ、から、行ってきてもいい?に変わる。行ってきてもいい?が、行ってくるねに変わる。

そのたびにわたしは、もうダメなんだろうなって思ってたの。




「夏弥、」



夏生まれ、白いTシャツが似合って、小麦色の肌をしている。

お母さんがつけてくれた名前に、「この名前のせいでおれは夏のことが嫌いになれないんだ」って言ってたね。



夏を好きになりたかった。

けどやっぱり、わたしは夏が嫌いだよ。


< 3 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop