哀 夏 に 、
「なに?」
名前を呼べば、振り返ってくれる。
だからわたし、ずっと名前で呼んでたんだよ。
ねえ、おまえ、おい、って、わたしを呼ぶ最初は違和感なかったその呼び方も、今思えばどんどん遠ざかっていった証拠なのかもしれないね。
空を見上げる。満月だったそこに雲が差し掛かって、明るかった空が少しだけ暗くなる。
駅までもう少しだった。
ほんとはもっとゆっくり歩きたくて、この最後の時間をもっと大切にしたくて。
でも夏の暑さがそうさせてはくれなかった。
もうはやく、夏から抜け出したいよ。
夏弥のポケットの中が震えた。
同時に、わたしの嫌いな音が流れる。
ほんとう、酷いなあ。
最後まで、わたしの時間を奪うんだね。
「もしもし?」
わたしに気を使うことなくその電話に出る。
電話口の向こうは、やけに騒がしかった。
「あー、いまから?だりー」
知ってるよ。そう言っといて、きみの答えはもう決まっている。
「わかったよ、はいはい、あとでな」
通話終了のボタンを押して、ポケットのなかにそれは戻っていく。
夏弥の口から出てくる言葉はたぶん、いつもと同じだ。
でもその言葉を、もうわたしは言わせてあげないよ。
「別れよっか、」