溺愛音感
むこうもわたしに気づいたらしく、肩車していた男の子を下ろし、女性に預けてスタスタとこちらへやって来る。
「よぉ、ハナ。具合はよくなったか?」
「おかげさまで。あの夜は、ありがとうございました」
「礼には及ばん。ところで……ひとりか? 柾はどうした? もしかして、家出中か?」
「ちがいます! マキくんはいま、用事があってちょっと離れてるだけです」
「アイツは……あれからも相変わらずか?」
「はい。でも、ちょっぴり反省してましたけど」
わたしの隣に腰を下ろした立見さんは、首を回してコキコキと鳴らしながら苦笑した。
「少しは成長したか。俺様も」
「マキくんとは、小さい頃からの友だちなんですか?」
友だちのいないわたしには、どれくらいの期間で、ここまで気安くなれるものなのか見当がつかなかった。
「いや、高校からだ。大学も一緒だったが、俺は医学部、あっちは経済学部で顔を合わせることはあまりなかったな」
そんなに長い付き合いの友だちなら、なんでも知っていそうだ。
「あの、マキくん……昔から、あんな感じなんですか?」
「あんな感じとは?」
「世話好き、というか……」
「ああ。気に入った相手には、とことん尽くすタイプだ。俺様だが、義理人情にも厚い。だが、俺が知る限り、これまで付き合った女性にそんな姿を見せたことはないな。そもそも、一年以上続いた相手はいない。例外は、学生時代の恋人くらいだ」
お見合いの席で松太郎さんが言っていたから、マキくんのドライな恋愛事情を聞いても驚きはしなかった。
しかし、今カノ(実際はちがうけど)に元カノたちとの付き合いについて話す必要はないだろう。
何がしたいのか、何が言いたいのか。
じっと見つめるわたしを見下ろし、立見さんはポリポリと人差し指で頬を掻く。
「他人が口を挟むのはお節介だとわかっているが……ちょっと手を出してみろ、ハナ」
「手?」
なぜだろうと首を傾げつつ、左手を差し出す。
立見さんは、わたしの手を取り、ひっくり返したり指先を押したりと仔細に観察し、「やっぱりな」と呟いた。
「何か楽器を演奏するんだろう? 何を弾くんだ?」
確かに、わたしくらいの年齢で爪を短く切りそろえ、ネイルもしていないとなれば職業的な理由があると考えるのが普通だ。
下手にごまかせばボロが出そうだし、マキくんが立見さんにすべてを打ち明けているとは思えなかったので、嘘ではないが百パーセント真実でもない答えを返す。
「え。あ……ええと、ヴァイオリンを、ちょっと」
立見さんはなぜか驚いたように一瞬目をみはった。