溺愛音感
ハナ、踏み出す
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「夜は出歩かないように」
「ん」
「昼間も、なるべくタクシーを使うように」
「ん」
「食事はコンビニ弁当ではなく、ちゃんとデリバリーを使って……」
「ん」
「ヘアサロンとエステの予約はすっぽかさないように」
「ん」
(歩いて行ける距離でタクシー使うのは、ないでしょ。デリバリー頼むより、コンビニ弁当のほうが安いし、早いし。セレブじゃないんだから、毎週トリートメントとエステに通うなんて贅沢できない……)
どうでもよさそうな、細々した注意事項を述べるマキくんはいたって真面目なので、内心ツッコミつつも頷いておく。
「出張は一週間程度の予定だが、場合によっては延びる可能性もある。少しでも体調に異変があれば立見、何か困ったことがあれば蓮に、連絡しろ」
「ふぁい」
(二人とも忙しいんだから、多少のことでは連絡できないってば)
「ハナ」
「うん?」
「寂しい思いをさせてすまない」
「…………」
俺様が謝罪したことに、驚いた。
そして、それまではなんとも思っていなかったのに、途端に「寂しい」という感情が湧き起こった。
(あー、もうっ! たった一週間でしょ? なんで寂しいなんて思っちゃうの? むしろ、自由に、のびのび過ごせてるって喜んでもいいのに……)
「ハナ?」
引き結んだ唇に重なる柔らかな感触に、可愛げなく反論していたわたしがかき消される。
「いい子で待ってるんだぞ?」
「うん……」
本物の尻尾が生えていたならば、だらーんと垂れさがっているだろうな、と思いながら俯く。
「行ってくる」
「……行ってらっしゃい」
頭を軽く撫でた手が離れ、ドアの向こうに磨き上げられた靴が消えるのを見送って、トボトボとリビングへ引き返した。
今日から一週間、マキくんはアジア圏の支社へ出張。
飼われるようになってから、距離も時間もここまで離れるのは、初めての経験だ。
仕事なのだからしかたないとわかっていても、不安と心細さに苛まれる気持ちはどうしようもなかった。
(わたし……すっかり飼いならされて、ダメ犬になってる気がする……)