溺愛音感
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「いらっしゃいませ!」
「らっしゃいっ!」
店に入るなり、威勢のいい声に出迎えられ、ビクリと飛び上がった。
メーガンさんが予約してくれたスシレストランは、回転するほうではなくて、カウンター席しかなく、目の前で寿司職人が注文するたびに握ってくれる本格派。
カウンターの向こうにいる男性の目力が、安アパートで度々見かけたジャパニーズマフィアを思わせる。
(は……初めて入るけど……敷居高っ!)
「こんばんは、ハナちゃん」
「こ、こんばんは……」
「わたしの一存で決めちゃったけど、ローフィッシュ大丈夫だったかしら?」
「は、はい」
「日本に来て、寿司を食べずに帰国したら、絶対に後悔しちゃうから。どれでも、好きなもの頼んでね?」
(と言われても、何が何やら……)
ケースに並ぶネタを見ても、正体がわからないものが大半だ。
「迷うようなら、オススメで握ってもらってもいいわよ?」
「じゃあ、それで」
いちいち悩むのが面倒なので、任せてしまうことにする。
メーガンさんは、慣れた様子で好きなネタを頼みながら、ひとしきり日本愛を語り、わたしがオススメのネタを五貫ほど平らげたところで本題に入った。
「今日、音羽に会って、改めて話を聞いて来たのだけれど……ハナちゃん、あの当時の記憶が欠落していて……まったく思い出せないのね?」
「はい。その……元婚約者の部屋を訪ねた後から、音羽さんの家で目覚めるまで、どこで何をしていたのか、まったく憶えてないんです。唯一……ヴァイオリンを弾いていたことは、身体の感覚でわかったんですけど……」
「そう……もっと早くに時間を作って会うべきだったわね。ずっと不安だったでしょう? ごめんなさいね?」
「いえ……わたしも、そのうち思い出すだろうと思ってたし……思い出せなくても、支障はないかなとも思っていたし……」
「でも、知りたくなった?」
「……はい」