溺愛音感
『……マキくんは、優しいから。無理に思い出させるようなことはしないでおこうと考えてくれたんじゃないかと思います』
『まあ、思い出してほしくない気持ち半分、思い出してほしい気持ち半分、といったところかしらね。でも……遠くから見守るあしながおじさんでは、満足できなくなったから、お見合い話に乗っかることにしたんだと思うけれど』
『でも……貶された』
メーガンさんは、そんなマキくんを一刀両断する。
『好きな子をいじめるなんて、いくつなのよ? もう……しようがないわねぇ』
『好きな子、じゃないと思うけど』
『何を言ってるの! 彼、ハナちゃんのファンでしょう?』
『それはない!』
思わず、間髪入れずに否定してしまった。
マキくんは「福沢諭吉」をくれたけれど、わたしの演奏を聴いても無反応だ。
ファンのようには、まったく見えない。
どうせリップサービスだろうと言うわたしに、メーガンさんは朗らかに笑った。
『あるわよ。ハナちゃんの日本初公演が決まったとき、ぜひ「KOKONOEホール」でやってほしいとエージェントに直談判したのは、誰だと思うの?』
メーガンさんのブルーの瞳には、からかいの色が浮かんでいる。
『そんなの……知らない。聞いてない……』
『柾は、ハナちゃんをとても大切に扱っていたわ。それこそ、お姫様みたいにね』
『憶えて……ません』
『頭では、憶えていないかもね。でも……』
メーガンさんは首を傾げ、形のいい自身の耳を指さした。
『耳は、憶えているんじゃないかしら? だって、あんなに愛おしそうに「ハナ」と呼ばれ続けて、忘れられるはずがないもの』