溺愛音感


「こんばんは~」

「こんばんはー! あれ、美湖ちゃん。その娘は?」 

「見学者連れて来ました~! ハナさんでーす」


美湖ちゃんが紹介してくる人たちに、ペコペコと頭を下げながら、白髪の男性と話しているヨシヤのところへ向かう。


「ヨシヤ! ハナさん連れて来たわよ」

「ハナ?」


真剣な表情で何事かを話していたヨシヤは、きょとんとした顔で振り返った。


「……こんばんは」

「やっと来たか! おまえ、おっそいんだよっ!」

「…………」


(遅いって……来るって約束してないし)


むっとしかけたが、ヨシヤと話していた男性に微笑みかけられ、会釈する。


「君が救世主か! 僕が、ぎっくり腰になった三輪だよ。先日は、代理で弾いてくれてありがとうね?」

「いえ……お礼を言われるようなことは何も……腰はもう、大丈夫なんですか?」

「おかげさまで。鍼灸院に通って、なんとか」


差し出された手を握る。

大きくて、温かくて、力強い。
まっすぐなまなざしも、優しく、温かい。

負の感情は、一切感じなかった。

三輪さんは、わたしの手を離すとニヤリと笑う。


「動画、見させてもらったよ。チラシがヨシヤくんの顔に貼り付いたところは、傑作だったねぇ。普通、狙ってやっても、あそこまで上手くはできないよ。お笑いの星の下に生まれたんだね、ヨシヤくんは」

「ぶふっ……」


思わず噴き出してしまい、そのおかげで緊張が解けた。


「三輪さんっ! 俺、別に芸人志望じゃないですからっ!」

「え、そうだったの? もったいないから、いまからでも目指してみたら?」

「三輪さんっっ!!」

「でも、本当にすごくいい演奏だったよ。聴いてて惚れ惚れした」


嫌味でも、お世辞でもない。
心の底からの言葉だと伝わったから、素直にお礼が言えた。


「……ありがとう、ございます」



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