溺愛音感


「ハナちゃん……なんて速さで弾くの。うちのオケはねぇ、三輪さん以外にもぎっくり腰予備軍が何人もいるんだよ? かくいう僕もなんだけど」

「ご、ごめんなさい……」

「というわけで、ちょっと休憩しまーす!」


指揮者のひと言で、途端にザワザワし始める。
席を立って部屋を出て行く人、水を飲む人、おしゃべりを始める人、様々だ。

とりあえず、三輪さんのところへ戻ると笑顔で迎えてくれた。


「お疲れ様。ありがとうね? いきなりで、大変だったでしょう?」

「いえ……あの……でも…………」


胸がドキドキしているのは、緊張や不安のせいではない。
久しぶりに味わった高揚感のせいだ。

三輪さんは目を細めて優しく笑った。


「うん、楽しそうに弾いてたね」

「そう……ですか?」


必死だった。
でも、楽しかった。

あんなに怖いと思っていたのが嘘のように。

ひとりで弾くのもいいけれど、オーケストラの音に包み込まれる感覚は形容しがたい心地よさがある。

何度味わっても飽きないし、病みつきになる。
そのことを思い出した。


「ハナちゃんらしい演奏だったよ。自由で、大胆で、素直で、ワクワクさせられる演奏だった」

「…………」

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