溺愛音感
目頭が熱くなって、泣きそうになって、俯きかけた時、いきなり背後から抱き着かれた。
「ハナさーんっ! もう、もう……もうっ……わたしをこんなに泣かせてどうする気ですかーっ!」
「み、美湖ちゃん!?」
「ハナさん、好きですっ!」
「え」
「うちに連れて帰りたい……三輪さんもそう思いますよねっ!?」
「そうだねぇ」
「ハナさんを独り占めしてるなんて、柾さんずるいです……」
「や、べつに独り占めはしてないと思うけど……」
「じゃあ、たまにでもいいんで、練習に来てくれますか? ね、三輪さんもお願いしたいですよね?」
「……そ、れは……」
「そうだね。僕が本調子になるまででもいいから、手伝ってくれたらありがたい。指揮の下振りならぬ下弾きのつもりでいいから」
「でも、それは逆にあとからやりにくくなるんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫。その辺は指揮者の力量の問題だから」
「え、や、でも……」
オーケストラの演奏においてソリストを立てる場合、指揮者と綿密な打ち合わせをしたり、何度も練習を重ねるものだと思っていたので、三輪さんの軽い言葉に驚く。
「友野くんなら、なんとかできるから。というわけで、よろしくね?」
「…………」
ニコニコ笑う三輪さんは、こちらの言い分を聞く気がないようだ。
「じゃ、続き始めまーす。はい、ハナちゃんも休憩終わりだよー」
友野先生の手招きを無視するわけにもいかず、再び彼の横へ。
ほかの団員たちも、柔軟性に富んだ人たちばかりなのか、突然やって来て、いきなり代打に入ったわたしをあっさり受け入れている様子。
(こんなんで……いいんだろうか……)
そんな疑問を抱いたまま、再び練習に突入した。