溺愛音感
ハナ、ミツコカレーを知る


*******



「いやぁ、よくやった! ハナ!」

「お疲れさまでした、ハナさん!」

「……うん」


丸々練習に付き合うハメになり、片づけを終えてコミュニティーホールを出たのは午後九時。

体力を使い果たしたわたしは、フラフラだった。

車で来ているので送ってくれるというヨシヤの後ろをヨロヨロとついて行く。


「三輪さんのぎっくり腰でどうなることかと思ったけど、これで安心だな」

(安心……じゃないっ!)


久しぶりとはいえ、たった二時間の練習でフラフラになるなんて、本気で練習の代弾きを引き受けるなら(九割方もう断れないと思うけれど)、体力づくりから始めなくては務まらない。


「これから芸術祭まで週二回の練習の予定なんですけれど、ハナさんの都合のいい時に参加してくれるだけでもいいので」

「うん……」

「夜に出歩くのを柾さんが心配するようなら、ヨシヤに送り迎えさせますから」

「や、そこまでは……」

「おまえに何かあったら、アニキにどんな目に遭わされるかわかったものじゃないからな!」

(そうだった。マキくんの許可……はいらないかもしれないけれど、同居人として、夜に出かけることもあるって話しておかないと……)


どんな反応が返ってくるのか、想像もつかない。


「ところで、ハナ。おまえ腹減ってないか? うちで食って行けよ。今日は、ミツコカレーだぞ!」

(ミツコカレーって……なに?)

「えっ! ミツコカレーなら、わたしも食べたいっ!」


ミツコカレーなるものの正体は不明だが、美湖ちゃんが興奮気味にヨシヤに訴えるところを見ると、きっと美味しいのだろう。

マキくんから届いていた『いま、何してる?』のメッセージに、『ヨシヤの家にミツコカレーを食べに行く』と返信し、オモチャみたいな白い小さなトラック(軽トラと言うらしい)に乗り込んだ。


< 151 / 364 >

この作品をシェア

pagetop