溺愛音感



一撃で息子を沈めたミツコさんは、ニコニコ笑いながら図解付きで作り方を書いてくれた。


「ハナちゃん、ぜひイケメンの婚約者さんと一緒にお店に来てね?」

「……はい」


恥ずかしいが、レシピを教えてもらっておきながらイヤだとは言えない。


「それと……これ、わたしの電話番号。もし、作り方がわからなくなったら、遠慮なく電話してね?」


ミツコさんはレシピを書いた紙の隅に、携帯電話の番号を書いてくれた。


「ありがとうございます」

「じゃ、そろそろ送るか」


三人とも満腹になったところで、ヨシヤが改めてわたしと美湖ちゃんを送ると言って玄関へ向かう途中、「ピーン……ポーン」と間延びしたチャイムが聞こえた。


「こんな時間にお客さん? どちらさまぁ?」


ヨシヤの横をすり抜けたミツコさんが玄関の引き戸を開け、固まる。


「夜分遅くに申し訳ありません。ハナがお邪魔していると聞いたので、迎えに伺わせていただきました」

「え」


そこにいたのは、予想外すぎる人だった。


(なぜ……雪柳さん……?)


ミツコさんはほんのり頬を染め、呟く。


「本当に、イケメンなのね……」

「ちょ、ちょちょちょっとハナさん、柾さんじゃないじゃないですかっ! 浮気ですかっ!?」


美湖ちゃんの声で、我に返る。


「う、浮気っ!? ちが、ちがうっ!」

「柾じゃなくて申し訳ない。いま、彼は出張中なので、代理で迎えに行くよう頼まれたんです。雪柳と申します」


爽やかな笑みと共に差し出された名刺を受け取ったミツコさんはさらにうっとりする。


「代理でもイケメンねぇ……。雪柳さん、今度店の方に寄ってくださいな。うちは、代々商店街で八百屋をしているんです。サービスしますから」

「じゃあ、あの店舗が……」

「あら。うちのお店をご存じですか?」

「ええ。商店街にいきつけのカフェがあって、仕事の合間によく利用しているので。通りがかるたびに、店頭に並ぶ新鮮な野菜や果物が気になっていたんですが、勤務中に買い物するわけにはいかなくて……。帰宅する時間にはお店は閉まっていますし、なかなか立ち寄る機会がありませんでした」

「お店に来ていただけたら、わたしとしては嬉しいんですが、配達もしているし、注文をメールで受け付けることもできますので」

「それは便利ですね。でも、利用客としては、美人の店員さんから買うほうが嬉しいと思いますが」

「あらやだ。お世辞がお上手ね? 雪柳さん」

「お世辞ではなく、本当のことですよ」

「もー! お店に来てくれたら、大サービスしちゃうわ」

「今度の週末にでも、寄らせていただきます。ハナ、帰るぞ」


雪柳さんは、巧みな会話術ですっかりミツコさんを虜にし、わたしに靴を履くよう促した。


「う、うん。あの、お邪魔しました。ミツコさん」

「では、失礼します」

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