溺愛音感
まな板の上には、大きさがてんでバラバラ、中にはみじん切りレベルまで切り刻まれた各種野菜の残骸が散らばっていた。
考え事をしながら作業したのがいけなかったと反省しても、後の祭りだ。
(ど、どうしよ……)
アレンジなんて、できる腕前ではない。
レシピどおりにしか作れないから、少しでもイレギュラーなことが起きるとお手上げだった。
(こんなことなら、カット野菜を買えばよかった……って、材料あるんだった! もう一度作り直せばいいんじゃ……)
レシピを教えてもらって以来、毎日ミツコさんの八百屋に通って材料を購入し、わからないことを(そもそも包丁の使い方がわからなかった)教えてもらっていた。
今日も買い物へ行き、いよいよ練習の成果を見せる本番なのだと言ったら、ミツコさんが二人分ではなく四人分の野菜をおまけしてくれたのだ。
まさにいまのように、失敗した時のために。
まだ、十七時三十分。
三十分もあれば間に合う……はずだ。
いや、間に合わせる!
ところが、気合を入れ直し、新たな気持ちで取り掛かろうとした時、玄関の方から物音がした。
「帰ったぞ! ハナ」
「え」
(う、うそぉ……早すぎるでしょぉ……)
ガラガラと目論見が崩れ落ちたショックに茫然とする。
「ハナっ!? いないのかっ!?」
どうやら、飼い主は玄関でのお出迎えを要求しているようだ。
取り敢えず、ふらふらと玄関へ向かった。
「お……おかえりなさい……」
「寝ていたのか? 犬は、飼い主の帰宅を遠くからでも察知できるものだろう?」
理不尽な文句を言いつつ、靴を脱ごうとしていたマキくんは、顔を上げてぎょっとした表情になった。
「……いったい……何の真似だ?」
「……?」
視線の先を追って手元を見下ろし……わたしもぎょっとした。
「うわぁっ!」
三十分も早い飼い主の帰宅に動揺するあまり、包丁を握りしめたままお出迎えしてしていた。