溺愛音感
「わ、わわ、べ、べつに殺意あったわけじゃなくって、り、料理が途中でっ! お出迎えやり直すから、マキくんそのまま止まっててっ!」
慌ててキッチンへ戻り、包丁を置いてから改めて出迎えようと振り返り、仰け反る。
「ひっ!」
音もなく忍び寄ったマキくんが背後に立っていた。
「野菜に八つ当たりするとは……ずいぶん変わったストレス解消法だな? ハナ」
マキくんは、まな板の上で無残な姿を晒している野菜たちを見て、大げさに眉をひそめる。
「ち、ちがうからっ!」
「わかっている」
(か、からかってるっ!?)
むっとして睨むと、くすりと笑われた。
「で、何を作るつもりだったんだ?」
「……ミツコカレー」
「ああ、ヨシヤの家へ食べに行くと言っていた、あれか。ところで、『ミツコカレー』とは何なんだ? 聞いたことのない名前だが……」
「ヨシヤのお母さんがミツコさんだから、ミツコカレー」
「なるほど。その野菜たちの大きさは……」
「……失敗した。ちゃんと加熱時間のちがいを考えて切るはずが……」
「見た目や食感は変わるだろうが、材料が一緒なら味に大きなちがいはないんじゃないか?」
「でもっ……これじゃあ、ミツコカレーにならない……」
料理は、味だけを楽しむものではない。
マキくんが作る料理で、美味しそうな見た目だって大事なのだと知った。
だから……完璧に仕上げたかった。
カレーだけど。
ごはんにかけるだけだけど。
少しでも美味しそうだな、と思ってほしかった。