溺愛音感
「ハナが作るんだから、べつにミツコカレーじゃなく、ハナカレーでいいだろう? 初めて作る料理なら、失敗してもしかたない」
「しかたなくないっ!」
練習でいくら上手く出来ても、本番で失敗しては意味がない。
ヴァイオリンの演奏と一緒だ。
悲しくて、ではなく、悔しくて涙が出そうだった。
「普通なら、こんな失敗しないよ……」
「そんなことはない。俺だって、初めてキャベツの千切りをした時は、手でちぎった方がマシだと母親に言われたぞ?」
「嘘……」
「嘘じゃない。餃子の皮だって上手く包めなかったし、卵焼きも上手く巻けなかった。唐揚げを黒焦げの炭の塊にしたこともある」
「黒焦げ……」
現在の料理の腕前からは、想像もつかない失敗談だ。
「料理は、頭の中だけでは完成しない。たゆまぬ努力と練習、そして経験が必要だ」
わたしを見下ろすマキくんの表情は、怒っても、がっかりもしていなくて、とても優しい。
「ミツコカレーのレシピはあるのか?」
キッチンの壁に貼り付けた図解付きのレシピを指さすと、一瞥して頷く。
「これなら、失敗した野菜を細切れにして加えても大丈夫だろう。米はどうした?」
「炊いた」
お米の研ぎ方はわかっているし、炊飯器を使うので失敗することはない。
ちゃんと十八時に炊き上がるようにセットしてある。
「手伝う」
マキくんはジャケットを脱いで腕時計を外し、シャツの袖を捲るとテーブルの上に置いてあった手つかずの材料をシンクへ運び、次々洗い出す。
(疲れているマキくんに手伝わせるなんて、わたしのバカ。こんなことなら、デリバリーを頼めばよかったのに。そもそも……手料理を食べてもらおうなんて、余計なことを考えつかなければよかった)
震える唇をぎゅっと引き結んで、マキくんが皮を剝いてくれた玉ねぎ、ナスとパプリカ、ズッキーニ、最後に鶏肉を切る。
細切れにした野菜も合せて耐熱ボウルに入れ、ラップをして電子レンジで一度温める。
それから、ショウガやにんにく、カレー粉にトマト缶などを二人分の倍の分量加えて、もう一度電子レンジで温め、よくかき混ぜれば完成だ。