溺愛音感
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(マキくんって、どうしていっつもひと言多いの? 社長(毒舌)だから?)
むすっとしたまま、マキくんのあとに付いて「音楽室」へ入り、違和感に首を傾げた。
(あれ……? なんか、雰囲気がちがう?)
この一週間、一人で練習していたときは寒々しく感じた部屋がいまは暖かく感じる。
ダウンライトの色も光量も同じ。
部屋の大きさが急に変わるわけもない。
(ひとりでいるのと、ふたりでいるのとでは、ちがうってこと? マキくんの存在が当たり前になってたから……?)
たったひとりの人がそこにいるだけで、見える風景、感じる空気がまったくちがうことに、戸惑う。
(なんか……彼がいるだけで、世界が輝いて見える! とかいうベタな恋愛話のような……)
自分のことを夢見がちの乙女だと思ったことはなかったが、相手が俺様王子様だと自然とそうなってしまうものなのだろうか。
「ハナ?」
「え? あ、えっと……マキくんがいなかった間の分をまとめて弾く? それとも一曲だけでいい?」
美湖ちゃんに誘われて、N市民交響楽団の練習に顔を出して以来、練習がぐんぐんはかどっていた。
長い間眠っていた昔の勘を取り戻しつつあると実感し、せっかく取り戻したものを失いたくなくて、勢いに任せて練習した。
そのため、現在十数曲が仕上がっている。
マキくんは少し考えたのち、首を横に振った。
「七曲……と言いたいところだが、集中力がもつ気がしないから、一曲でいい」
口にはしないが、やはり疲れているのだろう。
お風呂でも、欠伸を時折噛み殺していた。
「わかった。じゃあ、いつものように一曲。十分くらいの曲でもいい?」
「ああ。何を弾くんだ?」
「ビーバー。ロザリオのソナタ……パッサカリア」