溺愛音感
恋をしていなかった、彼のことを好きじゃなかった、なんて強がりを言うつもりはない。
けれど、「恋」以上にも「恋」以外にも変化し、続いて行く関係ではなかったのだと思う。
つまり、いずれは消えるものだった。
奏でた音が消えて行くように、時が止まらないかぎり、この世に永遠に同じ姿で留まれるものはない。
それでも、失いたくないと願わない限り。
失わないように、強く結んだ絆でなければ、形を変えて続けて行くことはできないのだと思う。
(と言っても、どちらか一方が望んでも……無理なんだけど)
そっと、でもしっかりと唇を重ねたのは、半ば無意識の行動だった。
「マキくん?」
耳元で呼びかけても、じっとしたままだ。
(熟睡しちゃってるの? この大きさじゃ、運べないし……)
「マキくん、起きて。ちゃんとベッドで寝ないと風邪ひくよ」
軽く身体を揺さぶれば、ぱっちりと目を開け、呟いた。
「……もう一回」
「へ?」
「もう一回キスしてくれたら、ベッドへ行く」
「お、起きてたのっ!?」
「ハナが興味津々で俺を観察しているようだったから、じっとしていただけだ」
「…………」
マキくんは恥ずかしさにうろたえるわたしなどおかまいなしに、話題を変えた。
「ハナ。蓮から聞いたが……美湖に連れられて、オケの練習の見学に行ったそうだな?」
まさか、マキくんのほうから言い出すとは予想していなかったので、驚き、戸惑い、頷くだけで精一杯だった。
「その上、ぎっくり腰になったコンマスの代理で、練習の助っ人をしてほしいと頼まれたらしいな?」
「う、うん」
「コンマスや指揮者……団員たちとは、気が合いそうか?」
「いい人たちだった。だから……引き受け、ようかなと思う。マキくんは……反対?」
ダメだ、と言われるかもしれないと思いつつ、マキくんの反応を窺う。
「いや。ハナがやりたいと思うなら、やればいい。ただし、行きはともかく帰りは迎えに行く。俺の手が空かない場合は、蓮、もしくはヨシヤか団の誰かに送ってもらうことが条件だ」
条件を付けられたものの、やけにあっさり認められて拍子抜けした。
「い、いいのっ!?」
「オケの練習に参加するのは、ハナにとって勘を取り戻すきっかけになるだろうし、いい経験にもなるだろう」
マキくんの言葉は、まるでわたしがもう一度プロのヴァイオリニストになることを望んでいるように聞こえた。
「マキくんは……わたしがヴァイオリニストとして、もう一度活動を再開すべきだと思っているの?」