溺愛音感
(燃え尽きた感ハンパない……本番でワンステージこなすより疲れた……)
「ハナさん、大変でしたね? でも、ソロ入るとちがいますねぇ。イメージも掴みやすいし、モチベーションもアップします!」
「そ、そう?」
へとへとだったが、美湖ちゃんのひと言に、自分でも役に立てているのだとちょっぴり嬉しくなった。
「美湖! ハナ! 帰るぞ!」
友野先生や三輪さんと何やら話し合っていたヨシヤが現れるのを待って、駐車場へ向かう。
隣を歩く美湖ちゃんが、「ぐぅぅ」と鳴ったお腹をさすった。
「ねえ、ヨシヤ。今日はミツコカレーじゃないの?」
「今日は、ミツコロッケだ」
「えっ! 食べたいっ!」
美湖ちゃんが食いつくところを見ると、ミツコロッケ(たぶんミツコとコロッケで、ミツコロッケ)は、ミツコカレー同様に美味しいのだろう。
「そう言うと思って、多めに作っておくよう頼んである」
「さすがヨシヤ! 気が利くわね!」
「ハナも食って行くか? アニキは今夜も遅いんだろう?」
「う、うん。迷惑じゃなければ……」
マキくんは、連日の残業でどんどん帰宅時間が遅くなっている。
かろうじて、日付が変わる前には家に辿り着いているので、わたしのヴァイオリンを一曲聴くくらいの時間と体力はまだある。
マキくんは、リラックスしたほうがぐっすり眠れると言い張っているけれど、たとえ十分でも早く寝たほうが身体にはいいんじゃないだろうか、とも思う。
「アニキから、おまえの世話を頼まれているんだ。遠慮すんな」
ヨシヤにぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられて、首が折れそうだと思い、ちょっと離れようとしたら、いきなり背後から腕を掴まれた。
「わっ!」
「ハナっ!」
よろめき、聴こえるはずのない声に驚きながら、振り仰ぐ。
目の前にいたのは、背の高いスーツ姿の男性。
暗がりでも、ひと目でわかった。
「……か、ずき?」