溺愛音感
「会いたかった……ハナ」
予想も、想像もしていなかった言葉を呟いたのは、元婚約者。相馬和樹だった。
コンサートホールで偶然見かけた二人連れは、やはり彼だったのだ。
「おい、おまえっ! ハナに触るなっ!」
驚きのあまり硬直していたわたしをヨシヤが、和樹から引き離す。
「あんた、誰だ?」
「ハナの知り合いだ」
「本当にそうなのか? ハナ」
「…………」
何と答えていいかわからなかった。
知り合いではあるけれど、そうだと言いたくない相手でもある。
「ヴァイオリン……弾けるようになったんだな」
和樹は、わたしが手にしているヴァイオリンケースへ目線を落とし、微笑んだ。
「よかった」
落ち着いた態度の彼とちがい、動揺を隠す余裕もなく、震える声で問い質す。
「な、んで……ここにいるの?」
「動画を見たんだ。すぐにハナだとわかったよ。自由で、楽しそうで……昔、路上演奏していた頃の、出会った頃のハナを思い出した」
「…………」
「俺が好きになった、ハナの音だった」
あの頃と変わらぬ和樹の柔らかな笑みが、しまいこんだ記憶を呼び覚ます。
『君、面白いね』
『プロになりたくない?』
『コンサートホールで演奏すれば、もっと多くの人に演奏を聴いてもらえる』
『オーケストラと共演してみたくない?』
『一流のヴァイオリニストにしてあげるよ』
『怖がらなくていい。大丈夫、俺を信じて』