溺愛音感


彼が差し出した手を取った瞬間から、「夢」を見始めた。

そして、彼がわたしの手を離した瞬間に、「夢」は終わり、粉々に砕け散った。

和樹と築き上げたものは、何もかも壊れ、消えてなくなった。
いまさら、何をどうすることもできない。

それなのに、一方的に語られる彼の「事情」が耳を塞ぐ。


「あの時のことを説明させてほしい。誤解なんだ。彼女との関係は、ずっと続いていたわけじゃなくて……」


確かに声は聞こえているのに、何を言われているのか理解できなかった。


明るい寝室に据えられた大きなベッド。

真っ白なシーツ。
長い黒髪とむき出しの肩。
床に散らばる服や空き瓶。
部屋に漂う濃厚な香水の匂い。

窓の外からは、微かに音楽が聞こえていた。

目にしている光景にまったくそぐわない甘美なメロディは……


(あれは……『トロイメライ』だった)


立ち去ろうとした足が、床に転がっていたワインの瓶にぶつかって。

物音で目を覚ました和樹と目が合って。

その唇が音を紡ぐ前に、背を向けた。



「ハナ」

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