溺愛音感
ヨシヤと美湖ちゃんは、和樹が何者かについてわたしを問い詰めたりはしなかった。
その代わり、ミツコロッケの具材について予想を繰り広げている。
(気を遣わせてる……よね。わたしがワケアリだってこと、美湖ちゃんも薄々気づいている……よね)
二人には、洗いざらい、打ち明けるべきなのかもしれないと思う。
ただ、何からどう説明すればいいのか、迷う。
自分の中でも整理がついていないことを、人に上手く説明なんでできない。
ただでさえ疲れていた上に、予期せぬ出来事に見舞われて、完全に頭の中が飽和状態だった。
和樹との再会。
知らなかった彼の過去。
何も、考えられない。
何も、考えたくない。
自分がどれだけ弱く、脆く、情けない人間か嫌というほど知っている。
何を言われても、何を聞かされても大丈夫だと言える自信がない以上、和樹と向き合うことはできなかった。
考え始めたら、「過去」に呑み込まれてしまいそうだ。
せっかく、人前でもヴァイオリンを弾けるようになりつつあるのに、後戻りなどしたくない。
いま、弾けなくなるわけには、いかない。
だから、
(なかったことに、しよう)
貰った名刺は捨ててしまおうと決心し、ヨシヤの家の門をくぐった。