溺愛音感
美湖ちゃんとヨシヤは、幼馴染で、高校までは一緒の学校。
しかもずっと一緒のクラスで、もはや家族のような関係らしい。
ワイワイと言い合う二人に、ミツコさんは「いつものことだから」と呆れ顔でわたしに目配せする。
「夫婦喧嘩は放っておきましょ。そう言えばカレーは成功した?」
「あ、はい……ちょっと失敗したけど、なんとか」
「イケメンのカレシ、喜んでくれた?」
「はい。美味しいって言ってくれました」
「よかったわねぇ……頑張った甲斐があったわねぇ」
「ミツコさんのおかげです」
「ちがうわ。ハナちゃんの努力の賜物よ。今日はコロッケのレシピ、持って帰る?」
「でも、さすがに揚げ物は難しいんじゃ……」
「大丈夫。このレシピは、油で揚げないのよ。電子レンジとフライパンさえあればOK」
カレーを美味しいと言ってくれたマキくんの顔を思い出す。
(マキくん……コロッケも、作ったら食べてくれるかな?)
「それなら……」
「そう言うと思って、用意しておいたのよ! じゃーんっ!」
ミツコさんは、エプロンのポケットから、レシピを書いた紙を取り出した。
なんと、今回は三枚セットで、じゃがいものほか、枝豆やかぼちゃを具材にしたレシピも書いてある。
「下ごしらえとか、加熱時間とかはちょっとずつちがうけれど、基本は一緒だから、応用するのは簡単よ。野菜は、旬のものが栄養もあるし、美味しいの。レシピと一緒に覚えるといいわ」
「はい……明日にでも、挑戦してみます」
「わからないことがあったら、いつでも訊いてね?」
「ありがとうございます」
「まずは味見からね!」
すでにミツコさんが作ってくれていたひと口大のコロッケをオーブンレンジで温め直し、お皿に山盛りにする。
今夜はオーソドックスにケチャップとウスターソースを混ぜたソースだけれど、トマトソース、しょうゆやチリソースなども合うらしい。
具材だけでなくソースを変えれば、飽きずに食べられると、ミツコさんはレシピに書き加えてくれた。
ミツコロッケは、カレー同様にいくらでも食べられそうなほど美味しい。
ヨシヤと美湖ちゃん、そしてわたしの三人は、三十分もかからずに山盛りのコロッケを平らげた。
「はー、美味しかった! 満腹なので、お皿洗いまーす!」
美湖ちゃんは、最後の一個を食べ終えると、立ち上がって宣言した。
「いいわよ、そのままで。あとで片付けるから」
「いいえ、ダメです! ミツコさん! 食べた分、動かないと! わたし、夏になると食欲が増すタイプなんで、いまから調整していかないと、ステージ衣装が着られなくなっちゃうんですよっ!」
美湖ちゃんの鬼気迫る表情を前にして、ミツコさんが折れた。
「じゃあ、お願いしちゃおうかしら」
「わたしも! 手伝います」
すかさず、わたしも美湖ちゃんに便乗する。
皿洗いくらいじゃ、お礼にもならないくらい、ミツコさんにはお世話になっている。
美湖ちゃんと二人、あらかた片付け終わったところで、間延びしたチャイムの音がした。
「あら、誰かしらね?」