溺愛音感
「俺が出る!」
ヨシヤがミツコさんを制し、キッチンを飛び出していく。
「落ち着きのない子ねぇ……。オケのメンバーかしら? 美湖ちゃん」
「いえ、たぶんハナさん関係だと」
「わたし?」
「はい」
にっこり笑う美湖ちゃんを問い質そうとしたところへ、ヨシヤが戻って来た。
「ミツコ! これが、アニキ。ハナの婚約者だ!」
「……アニキ? 婚約者?」
「……マキくん?」
ヨシヤの後ろから現れたのは、なんとスーツ姿のマキくんだった。
一瞬、幻覚かと目を疑ったが、ネイビーのシャドーストライプのスーツ、ドット柄のダークグリーンのネクタイは、今朝見たものと一緒。
唯一ちがうのは……
「こんばんは。ハナがいつもお世話になっています。つまらないものですが、どうぞお納めください」
ミツコさんへ、菓子折りと共に差し出した完璧な王子様スマイルだ。
「そんな気を遣っていただかなくとも……」
ミツコさんはエプロンの裾をぎゅっと握りしめ、頬を赤くしてふるふると首を振る。
(ミツコさん……完全に騙されてる……)
「先日のカレーのお礼と……今後もハナがお世話になるでしょうから。どうか受け取ってください」
「そこまで言うのなら……。あら! 〇〇屋のカステラなのねっ! 実は、大好物なんです。ありがたく頂戴しますわっ」
「お気に召していただけて、よかった。申し遅れましたが、九重 柾と申します」
「九重……」
マキくんから名刺を受け取ったミツコさんは、目を見開いて絶句する。
「と、取締役社長っ!?」
「祖父の跡を継いだだけのことで、実力ではありません」
「そんなことはないでしょう? 昔は、『KOKONOE』さんが取引するのは大都会の大手ばかりだったのが、社長が変わってからは地元の小さな個人経営の店舗でも、誠実に、親身になって相談に乗ってくれる。こちらの意図を汲んですばらしいコーディネートをしてくれて、集客率もアップするって、商店街の老舗の間で評判なんですから」
「そう言っていただけると、営業担当も喜びます」
「ええ、ぜひお伝えくださいな。それにしても……社長さん、イケメンねぇ……」
「そうですか? ハナには、いつもオジサン扱いされているんですが」