溺愛音感
(ちょ、ちょっとマキくん、どういうつもり……)
いかにもしょんぼりした様子を装う俺様は、絶対に何かを企んでいる。
「あら、そうなの? ハナちゃん」
「えっと……」
「失礼ですが、おいくつなのかしら? 社長」
「どうぞ、柾と呼んでください。年齢は、三十五です」
「あらまぁ! ハナちゃん、オジサンだなんてとんでもないわ。柾さんくらいの年齢は、一番男性としての魅力が高まる年頃……男盛りと言うのよっ!」
「お、男盛り……?」
「そうよ。仕事もプライベートも脂がのっている時期。ヨシヤのような若造とは比べものにもならないでしょう?」
「は、はぁ……」
(ミツコさーん! いまのマキくんは演技中! 仕事できるのは本当だろうけど、その気になればスマートにエスコートとかもできるんだろうけど、基本言動が子どもだし! ヨシヤと同レベルだし!)
「ハナちゃん。男だろうと女だろうと、関係ないわ。これぞという獲物が来たら、がっちり捕獲して、絶対放しちゃダメよ?」
「は、はぃ……」
(ミツコさんって……八百屋なのに肉食?)
どちらかと言うと「捕獲されている」と主張したいところだったが、迫力に押され、とりあえず頷く。
「柾さん、少しお時間あります? いま、お茶を入れますから、どうぞ座ってくださいな。お茶受けに、ぬか漬けはいかが? あ、好き嫌いとかあるのかしら?」
「いえ、特にありません。よほど奇抜なものでなければ大丈夫です」
「お菓子は、どうなのかしら? 甘いものもお好き?」
「わざわざ買いに行くほどではありませんが、食べます」
半ば強引にマキくんを座らせたミツコさんは、すかさず緑茶を出しながら質問攻めにした。
主に食べ物の好みをアレコレ聞き出した後、「じゃあ、何を作っても大丈夫ね」と含み笑いをする。
ミツコさんが満足したのを見て、マキくんが腰を上げた。
「名残惜しいですが、そろそろお暇させていただきます」
「柾さーん、今度また飲みに行きましょうね!」
「アニキ、ハナのことは心配いらないからな!」
ヨシヤと美湖ちゃんは、いつの間にかビールを飲み、酒盛りを始めている。
美湖ちゃんは、このまま泊まっていくらしい。
「ぜひ、またいらしてくださいね」
玄関まで見送りに出てくれたミツコさんに、マキくんは丁寧に頭を下げた。
「これからも、ハナをよろしくお願いします」
「こちらこそ! かわいいお客さんが増えるのは大歓迎ですよ! またね? おやすみなさい、ハナちゃん」
「ごちそうさまでした。おやすみなさい、ミツコさん」