溺愛音感
「趣味も感覚もぜんっぜん合わないと思う。だって、わたしのセンスが気に入らないみたいだしっ!」
「センスはいくらでも磨ける」
「で、でも、お見合いって、条件が大事なんでしょう? だったら、わたしはまったく条件を満たしてないと思いますっ!」
「どんな条件を満たしていないと思うんだ?」
「まずは、学歴。高校も、大学も出ていない。次に、家庭環境。両親は別居婚で、事実上離婚していたようなもので、温かい家庭がどんなものか知らない。それから、仕事。きちんとした職に就かず、アルバイトをかけ持ちして、毎月赤字。それだけでも、大企業の社長の婚約者として相応しくないと思います」
いちいち言う必要があるのかと思いながら、思いつく限り列挙したら、社長(毒舌)が憮然とした表情で言い返す。
「採用面接でもあるまいし、学歴だの職歴だのを結婚相手の条件にするつもりはない。家庭環境に関しては、こちらの方が問題ありだ。祖父は早くに祖母を亡くして独り身だし、両親は父親の浮気が原因で離婚している。他人の家庭をとやかく言えない」
(え? そうなの……?)
「断る理由はそれだけか?」
「ま、まだあるっ! 家事全般が苦手で、私生活をサポートするとか無理。初対面の人と話すのも苦手だし、パーティー用の華やかなドレスは似合わない。ハイブランドの服も着こなせないし、五センチ以上のハイヒールでまともに歩けない。見せびらかす価値、まったくない。あ、当然のことながら、仕事を手伝うの無理。パソコン使えない」
「何のためにプロがいると思っている? できないことは、できる人間に任せればいい。それが無理なら、これからできるようになればいいだけだ」
その言葉を聞いて、苦い笑みがこぼれた。
「どうして、好きでもない相手のために変わらなくちゃならないの?」
驚いたように見開かれたアンバーの瞳。
彼は、「あちら側」の人だ。
相手に要求するのが当然で、自分を変える必要はないと考えている。
「変わらなくちゃ結べない関係なんて、欲しくない。変わったところで、ずっと大事にされるとは限らないのに」
多くを持つひとは、気に入ったらすぐに手に入れ、いらなくなったら簡単に捨てる。
捨てられたものがその後どうしているかなんて、気にもかけないのだ。
「気まぐれで拾われて、気まぐれで捨てられるくらいなら、わたしは野良犬のままでいい」