溺愛音感
ハナ、おせんべいを焼く
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どっしりした構えの黒光りする瓦屋根を持つ平屋。
広い玄関まで、まっすぐに続く石畳。
左右にはきれいに刈り込まれた生け垣があり、その向こうには美しい庭が広がっている――。
いつもより遅く起き、トーストに目玉焼き、サラダという軽いブランチを食べてから出かけた先は……別世界だった。
(こ、ここって……現代日本? タイムスリップとかしてないよね?)
マキくんのマンションから、三十分とかからない距離。
閑静な住宅街のど真ん中に、こんな場所があるなんて想像もつかなかった。
ゴージャスな大ぶりのピンクや白の花が咲き乱れている華やかな一画もあれば、背の高い青紫の花に囲まれた池が涼しげで、凛とした雰囲気を醸し出している一画もある。
庭の中央に鎮座している松の木は、いい具合にひねりが入り、計算されたシルエットになるよう枝葉を整えられている。
清々しい音を立てる鹿威しと鳥のさえずりが風情ある音楽を奏で、「静」と「動」のバランスがちょうどいい。
(侍とか、忍者とか出て来そう……)
蔵のような外観をした車庫に車を停め、スタスタと玄関へ向かうマキくんは、勝手知ったる様子だが、何の説明もしてくれない。
キョロキョロ、そわそわしながら、彼の後をついて玄関の敷居を跨ぐ。
(どうしよ……なんとか奉行みたいな人が出てきたら……)
「ただいま戻りました。お祖父さま」
(え? お祖父さま……?)
マキくんの不可思議な挨拶に顔を上げれば、見知った人が上がり框に立っていた。
「ハナちゃん! よく来た。元気だったかね?」
「……松太郎さん?」
ニコニコ笑ってわたしたちを出迎えてくれたのは、細かな模様の入った着物姿のおじいちゃん――松太郎さんだった。