溺愛音感

この家には、マキくんのご両親が離婚し、マキくんと妹さんが独立してから、松太郎さんひとりで暮らしているが、広さを持て余しているため、売却を考えているのだと言う。


「売るって……でも、松太郎さんはずっとこの家で暮らしてきたんですよね?」


定住する家を持たない生活を送っていたわたしにしてみれば、こんな立派な「家」があるなんて、羨ましい限りだ。

手入れの行き届いた庭やきれいに保たれている部屋の様子から、松太郎さんがこの家を大事にしていることが伝わって来るし、本当は売りたくないのではないかと思った。


「確かに思い入れはあるが、『家』は生き物だ。いのちを吹き込んでくれる、賑やかな家族に託したほうがこの家も長生きできるだろう。ハナちゃんと柾がここに住み、家族を増やしてくれるというなら、そんな心配もしなくていいんだがね?」


期待のまなざしで見つめられ、「うっ」と返答に詰まるわたしに代わって、マキくんが松太郎さんを牽制する。


「お祖父さま。口出しはしないでいただきたいとお願いしたはずですが」


しかし、松太郎さんはわざとらしく惚けてみせる。


「そうだったか? 記憶にないな。最近、物忘れが激しくてなぁ……わしも年を取ったものだ。うむ」

「……お祖父さま」

「そういきり立つな、柾。いまのところは、仲良くやっておるようだから、これ以上急かすのはやめておいてやろう」


俺様王子様も、王様には敵わない。
マキくんは、豪快に笑う松太郎さんの背中をむすっとした表情で睨みつけ、引き下がった。


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