溺愛音感
まずは、じっくりと袋に書いてある説明を読む。
「ええっと……弱……火で、キツネ色……味付けは焼いたあと……」
細かいところまでは読解できないが、とにかく焦りは禁物らしい。
袋から取り出したおせんべいを網の上に載せて、じっと見つめる。
少しずつ膨らんで、徐々に色が変わっていく様に、ワクワクしてしまう。
マキくんの指示の下、焼き色を確かめながらひっくり返し、一枚焼き上げた。
志摩子さんが用意してくれていた醤油だれに浸し、ちょっと乾くのを待ってかぶりつく。
(……すごい! 美味しい! 感動……)
ほんのり温かくて、ちょっと柔らかくて、それでも十分美味しいし、ちゃんと「おせんべい」になっていた。
ただ焼いただけなのに、ものすごい達成感と満足感だ。
「美味いか? ハナ」
「すっっっごく、美味しい!」
力いっぱい感想を述べると、マキくんは嬉しそうに笑ってわたしの頭を撫でる。
「そうか」
「マキくんも食べる?」
食べかけのおせんべいを差し出すと、マキくんはちょっと考えたのち、屈みこんで丈夫そうな歯でバリッとひと口齧る。
「……確かに、美味いな」
「でしょっ!?」
それから、次々とおせんべいを焼き、各種生地とタレ、トッピングでバリエーション豊かな味わいを楽しんだ。
その後、志摩子さんが予め焼くだけでいいように下準備してくれていた食材を冷蔵庫から出して来る。
春サンマ、エリンギに和牛、油揚げ、そら豆など、七輪焼きに合う食材が目白押しだ。
松太郎さんは、「サンマには日本酒だ!」と秘蔵のお酒を出して来る。
ものすごく大きなお酒の瓶は一升で、一・八リットル入り。
マキくんは断然ワイン派なので、和食の時でも日本酒を飲むところは見たことがなかったけれど、松太郎さんのお酌は断れないようだ。
美味しくなさそうな顔つきで、自棄気味にクイクイとお猪口を呷る。
「ハナさん、そら豆もういいんじゃないかと思いますよ」
じっくり焼いていたそら豆が焼き上がっているはずだと志摩子さんが教えてくれたので、お皿に取って振り返る。
「マキくん、そら豆食べる?」
すると……ほんのり赤い顔をしたマキくんが大きな手を差し出した。
「ハナ! お手だっ!」