溺愛音感


「大学に入ってからは、もうピアノのレッスン受けていなかったんですか?」

「定期的に通うのはやめていたが、先生に頼まれれば、発表会で子どもとの連弾を手伝ったり、アルバイトで伴奏をしたりはしていたようだ。そう言えば、ヴァイオリンの伴奏をしているDVDもあったな。ホテルの披露宴で、生演奏のバイトをした時のものだ。友人がそのホテルのオーナーで、柾だと気づいて譲ってくれたんだよ」


松太郎さんの言葉で、一気に心拍数が上がる。

ヴァイオリン、伴奏、その二つのキーワードから思い浮かぶのは、マキくんが練習に付き合っていた元カノだ。

聴きたい気持ちと、聴きたくない気持ちが入り混じり、震えそうになる手をぎゅっと握りしめる。


「お、これだ! ハナちゃんのヴァイオリンには及ばないかもしれんが、聴けないような演奏ではなかったと記憶しとる」


松太郎さんはさっさとDVDをセットし、キャプチャーを選択する。

映し出されたのは、明るいレストランのような場所だ。
拍手が聞こえ、真っ青なドレス姿の女性と黒いスーツ姿のマキくんが、テーブルの間を縫って現れる。

女性は、はっきりした顔立ちの美女で、身長も高め。
スタイルもよく、マキくんとお似合いだった。

マキくんと並んだら、凸凹感がものすごいわたしとは対照的だ。

チクリ、と痛む胸を無視し、画面に集中する。

テロップに示された曲名は、「メンデルスゾーン:歌の翼に」「クライスラー:美しきロスマリン」「エルガー:愛の挨拶」の三曲。

技巧的ではないが、有名な曲だけに聴衆のジャッジも厳しくなる。

どんな演奏をするのか。

期待と不安を抱いて待ち構えていた耳に飛び込んで来たのは、哀愁を帯びたヴァイオリンの艶やかな音と優しいピアノの音。

わずかなズレもなく、重なり、混じり合う二つの音。

息がぴったりと合った完璧な演奏は、二人の間にしっかりとした信頼と絆がある証。

明るく、幸せな音楽は、二人の気持ちをそのまま表しているようだった。

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