溺愛音感
音楽に、優劣はつけられない。
彼女とわたしは別人で、だから演奏も別物。
どちらが良くて、どちらが悪いという話にはならない。
単純に好き嫌い、好みの問題だ。
だから、マキくんがわたしより彼女の演奏を好むのは仕方のないこと。
嫉妬したところでどうしようもないこと。
わかっている。
わかっているけれど、悔しい、悲しい、嫌だ……込み上げる感情に蓋をしようとしても、上手く閉まらず、あふれ出てしまう。
涙と一緒に。
(わけわかんない……どうして止められないの?)
思うようにコントロールできない感情に癇癪すら起こしそうになったが、松太郎さんの提案に驚くあまり、涙も止まった。
「ハナちゃん。もしも、柾と一緒に暮らすのが辛ければ、ここに引っ越して来てもかまわんよ?」
完全にバレているのか、カマをかけられているのかわからず、恐る恐る訊ねる。
「あの、あのう……その……わたしとマキくんが一緒に住んでいるって……どうして……」
松太郎さんは、確かめなくとも「それくらいお見通しだ」と言った。
「アレは、堪え性がないからの。気に入ったものは、必ず手元に置こうとする。ハナちゃんの気持ちを無視して、毎晩子作りでもしとるんじゃないかと心配しておったところだ」
「こ、子作りっ!? そ、それはないっ! あり得ない!」
「本当かね? 一緒に暮らしているのに手を出さないなど、おおよそ信じられん話だが」
「ま、マキくんは、わたしがあと三キロ体重が増えるまでは、そのう……て、手を出さないって決めてる、みたい、で……」