溺愛音感
どうして松太郎さんとこんな話をしなくてはいけないのか。
恥ずかしくて声が尻すぼみになる。
「まあ、しばらくは我慢できるかもしれんが、そのうち強引に三キロ増やす策を考え出すにちがいない。油断してはいかんぞ、ハナちゃん」
(うん……それ、同感)
「ところで、ハナちゃんは柾が好きなのかね?」
「えっ」
松太郎さんは、次々と心臓に悪い質問を投げかけて来る。
「好きなら黙って見守るが……そうでないなら、見合いを白紙にしてもかまわんよ? どちらか一方が幸せでないのなら、結婚しない方がいい」
「…………」
「返事がないということは……検討中かね?」
唐突な話に、何も考えられず、何も言えず。
心配そうな顔をしている松太郎さんに、とりあえず頷いて見せた。
「ふむ。そういうことなら、しばらく口出しはやめておこう。柾のことで、ほかに何か知りたいことはないかね? もしくは、欲しいものはないかね? わざとではないが、ハナちゃんを泣かせてしまったから、お詫びがしたい」
「そんな、お詫びなんてとんでもないです! 欲しいものはないし、知りたいことは……」
心と頭の中はぐちゃぐちゃだったけれど、欠けたピースを埋めたいという欲求から目を逸らせない。
いい方へ転ぶのか、それとも悪い方へ転ぶのかはわからない。
ただ、立ちすくんでいては、いつまで経っても前へ進めない。
「……さっきのヴァイオリンのひと……名前、なんていうんですか?」
松太郎さんは驚いたように目を見開いたが、DVDのケースを手に取り、裏返してしげしげと眺める。
「たぶん、ここに書いてあるのがそうだろう」
差し出されたケースを覗き込む。
ホテル名やと共に、小さくヴァイオリンと書かれていた。
『久木 瑠夏 HISAKI RUKA』
日本人の名前を覚えるのは、あまり得意ではない。
けれど、きっとその名前だけは、何があっても忘れられないだろうと思った。