溺愛音感
ハナ、弟子入りする
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「ハナちゃん、ちょっといいかな?」
オケの練習後、三輪さんに呼び止められても不思議には思わなかった。
むしろ心当たりがありすぎて、「やっぱり」と思った。
「……はい」
「そんなにしょんぼりしないで。べつにお説教しようなんて思ってないから」
三輪さんは優しく言ってくれたが、今日の――いや、今日だけでなく、先週の二度の練習でも、わたしの演奏はダメダメだった。
一度だけなら、そういう日もあるだろう、で済む。
でも、二度、三度となると……放置できないと思うのは当たり前だ。
今日、友野先生はオケの入りや終わりを確認するために、ワンフレーズかそこらを演奏するようわたしに求めただけ。
通して弾くことは一度もなかった。
ダメな原因は、わかっている。
松太郎さんの家で見たマキくんと元カノの演奏が耳を離れないからだ。
モヤモヤしたものを抱えたまま一週間とちょっと。
メーガンさんから聞いた話を確かめる流れで、さりげなく元カノの話題にも触れてみようかと目論むも、株主総会を控えたマキくんの帰りは連日午前様。
わたしのヴァイオリンを聴く余裕もない。
疲れているところに持ち出すような話でもないし、とタイミングを窺っているうちにズルズルと時間だけが過ぎ、モヤモヤは消えるどころかどんどん大きく膨らんで……。
集中力を欠き、最低の演奏をしてしまった。
「……ごめんなさい」
「友野くんに要求されたことはこなせているから、大丈夫だよ」
項垂れるわたしの頭をポンと軽く叩いた三輪さんは、椅子の片づけをしているヨシヤと美湖ちゃんに声を掛けた。
「ヨシヤくん! 美湖ちゃん! ハナちゃんを借りて行くね? ちゃんと家まで送り届けるから」
「それはいいですけど、アニキに連絡しないとマズイです。ちょっと待ってください。俺から連絡入れますから」
「アニキ……?」
怪訝な顔をする三輪さんの前で、ヨシヤがスマホを取り出す。
メッセージを送ったらしいが、すぐに着信音が鳴り響いた。
「は、はいっ! あ、アニキ! ええ、はい、そうなんです……えっ? あ、いや、大丈夫だと思いますけど……」
応答したヨシヤがちらりと三輪さんに視線を寄越す。
「あの、三輪さん……アニキが話したいそうです」