溺愛音感
「僕と? いいけど。でも、アニキって誰?」
「出てもらえれば、わかります」
「もしもし、三輪です。はい、そうです。はい……ええ……いいですよ。指揮者? いますよ。せっかくだから、代わりましょうか」
電話を代わった三輪さんは、うんうんと頷いていたが、軽く声を立てて笑うと団員と話していた友野先生を呼びつけた。
「友野くーん!」
「はいはーい、お呼びですか? 師匠」
飛んで来た友野先生に、三輪さんがスマホを突き出す。
「ハナちゃんの婚約者が、挨拶したいって」
「は? 婚約者?」
「団を立ち上げた時に多額の寄附をしてくれて、しかも今後スポンサーになってくれそうな『KOKONOE』の社長だから、失礼のないようにね?」
「ええっ! も、もも、もしもしっ! っと、友野ですぅっ!」
スマホをひったくった友野先生は、ペコペコしながらマキくんと話し出す。
国内外でも実力を認められているプロの指揮者なのに、ちっとも偉そうじゃない。
威厳がないとか、腰が低すぎるとか言う人もいるかもしれないが、そこがすてきで、だから団員からも慕われているのだろう。
マキくんが質問攻めにしているのか、友野先生は芸術祭の予定や、定期演奏会の構想、団の現状など結構突っ込んだ話をしている。
(でも……マキくん軽々しく婚約者だなんて名乗っていいのかな?)
必死に隠しているわけではないが、肩書だけが独り歩きするのはいかがなものか。
「ええ、はい……そうですね。いえ、大丈夫です。ハナちゃ……ハナさんに代わりますね?」
友野先生は、ひとしきりマキくんと話した後、わたしにスマホを渡した。
「も、もしもし……マキくん?」
ここのところ、まともに顔を合わせるのは朝の一瞬だけという状況で、会話もロクにしていないから、緊張する。
『練習はどうだった? ハナ』
電話越しに聴くマキくんの優しい声で、泣きそうになった。