溺愛音感
バレていないと思っていた自分がとんでもなく間抜けに思えた。
ヨシヤや美湖ちゃん、団員の人たちの優しい気遣いに涙が出そうだ。
「あ、の……ありがとう……ございます」
「お礼はいいよ。むしろお礼を言わなくちゃならないのは、こっち。オケの練習のために、プロをコキ使うなんて贅沢すぎるんだから」
「そうそう、気にしない。で、ハナちゃん、何の曲が頭の中でぐるぐる回ってるの?」
「ぐるぐる……え、ええと、メンデルスゾーンの『歌の翼に』と、クライスラーの『美しきロスマリン』……それから……エルガーの『愛の挨拶』も……です」
「これまたベタだねぇ。友野くん、それくらいなら、まともに伴奏弾けるよね?」
「たぶん」
「じゃ、始めてくれる? ハナちゃん」
「……はい」
深呼吸し、ずっと頭の中で流れていた音楽を追いかけるように、弾き始める。
三曲とも、何度も弾いたことがある曲だし、友野先生のピアノも伴奏としては十分なレベルだ。
けれど、弾き終えたわたしに軽く頷いて見せた三輪さんは、ズバリひと言。
「ぜんっぜん、ハナちゃんらしくない演奏だね」
「……は、い」
自覚していたから、認めるしかなかった。
「本当に、ハナちゃんは器用すぎるね。曲自体だけじゃなく、演奏者の音色や弾き癖までコピーできるんだから。はっきり言って……いまの演奏は、ハナちゃん本来の演奏と比べると雲泥の差。ソリストの素質はない。いったい、誰の演奏なの?」
あれだけピアノを弾けるマキくんが忘れられない相手なのに、三輪さんの酷評が信じられなかった。
「あ、の……た、たまたま聞いた知り合いのひとで……そ、そんなにダメ……ですか?」
ありのままを答えられないので、ごにょごにょと言い訳じみた言葉を並べる。
三輪さんは、大きな溜息を吐いて首を振った。
「下手ではないよ。むしろ巧い。でも、心を揺さぶる演奏ではないね」
「…………」
「音楽を言葉で表現するのは難しいことだけれど……簡単にまとめれば、また聴きたいとは思わないってこと。数時間後には、どんな演奏だったか忘れてしまう。つまり、聞き流せてしまう程度の演奏だってことだよ」
「そ、んな……」