溺愛音感
「ハナちゃんさぁ、嫌いだったり、聞き苦しいと思う演奏家、いないでしょ?」
戸惑いながらも頷くと、友野先生はにやりと笑う。
「つまり、ハナちゃんは許容範囲が広いんだ。いろんな相手と演奏して来たからだろうけれど、どんな演奏でも受け入れて、合わせられる。自分の感覚では、好き嫌いも、優劣もつけない。でも、それって……恋愛で言うと、ダメ男とわかっていても、ズルズル付き合っちゃうようなものだよ?」
「なんともわかりにくいたとえだけど、つまり、友野くんみたいな男性ってことかな?」
「ちょっ、三輪先生っ! 俺はダメ男なんかじゃないですよっ!」
「じゃあ、どうしていつもフラれるんだろうねぇ?」
「そ、それはっ……運命の相手、じゃなかった、からで……」
しどろもどろになる友野先生を三輪さんが容赦なくバッサリ切る。
「運命の相手? そんな都合のいい相手、いるわけないでしょ。四十にもなって、何を夢見がちなこと言ってるの。いい加減、若い子相手に鼻の下を伸ばすのはやめなさい。金ヅルとしか思われていないんだから。友野くんのようにちょっと情けない男性はね、年上のしっかりした女性の尻に敷かれるのが合ってるんだよ」
「な、情けないって……三輪先生、俺のガラスのハートを粉々にする気ですかっ!?」
「君、お金だけはあるでしょ。ただのガラスじゃなく、強化ガラス――いや、防弾ガラスに取り替えなさい」
「うぅっ……」
ニコニコ笑いながらグサグサと友野先生を刺す三輪さんに、ヒトの本質は見た目ではわからないものだと思う。
(三輪さんって……マキくんより、毒舌……)
「じゃあ、ハナちゃん。もう一度、同じ曲弾いてみようか。今度は、どんな風に弾きたいか、ちゃんと考えて弾くこと。友野くんのピアノを置き去りにしてもいいから」
「わたしの、弾きたいように……?」