溺愛音感
「うん、今日はこれで十分。僕が弾いてるDVDを貸すから、参考にして。念のため言っておくけれど、僕の代役をするとしても、僕の演奏をコピーする必要はまったくないから。練習でも、その必要はない。むしろ、ハナちゃんがどう弾きたいのかを確認するために使ってほしいし、その成果を次の練習で聴かせてほしい」
「あの、でも……」
「下手に僕の真似をされても、団員たちがかえって戸惑うだけなんだよね。いざとなれば、僕がハナちゃんの演奏をコピーするから、大丈夫」
「え」
「音色や仕草まで完璧にコピーするんじゃなくて、ちょっとしたハナちゃんの癖をコピーするってことだよ。だから、練習では何の心配もせずに伸び伸びと弾いてくれてかまわないからね? 何が起きても、すべて指揮者である友野くんのせいだから」
「何が起きてもって、もし三輪先生がぎっくり腰を再発させたら、それも俺のせいってことですか?」
「うん、そう。僕を労わらなかった証拠」
「は? メチャクチャ労わってますよねっ!?」
「そもそも、ステージにはもう上がらないつもりだった僕を無理やり入団させたの、誰?」
「…………」
「ま、老後の楽しみがひとつ増えたから、許すけど。弟子の指揮で演奏するなんて、そんな機会は滅多にないからね。文句のつけ甲斐があるよ」
「うわ、ヤな大人ですね……」
遠慮がないのは、仲がいい証拠、を地で行く二人の遣り取りを聞きながら、壁に架かる写真をざっと見渡し、はっとした。
(え……これって……)
友野先生と三輪さんに肩を抱かれてはにかんだ笑みを浮かべている女性。
彼女の姿をつい最近目にした。