溺愛音感


彼女が亡くなった時期。
マキくんがわたしを拾ったのが墓地だったこと。
あの街にいたのを家族に知られたくなかった彼の事情。

それらを突き合わせれば、わたしが拾われたのは、彼女の葬儀が行われた日、もしくはその直後だったのではないか、という推測が成り立つ。

ただ、それをマキくん以外の誰かに確かめようとは思わなかった。
それは、彼の心に土足で踏み込むようなものだと思ったから。

父を除けば、こんなに多くの時間を――生活を共にした人はマキくんが初めてだ。
和樹とだって、婚約していても部屋は別に借りていたし、毎日寝起きを共にすることはなかった。

けれど、わたしとマキくんの間にある距離は、単なる知人友人ほど遠くはなくても、恋人や家族ほど近くはない。

知りたい、もっと近づきたいと思っていても、結局自分のことだけで手一杯で、一歩どころか半歩も踏み出せていないまま、時間だけが過ぎている。


(わたしが……頼りないから、マキくんも言えないんだよね……)


マキくんは、わたしに余裕がないことを知っている。
だから、わたしに頼ることはもちろん、甘えることもない。

わたしに限らずそうなのだと言われても、もっと大人だったなら、彼に寄り添うことができるかもしれないのに、と思ってしまう。

年が近ければ。
彼女のように、マキくんと二つしか離れていなければ。

考えれば考えるほど、どう頑張っても埋められない十歳の差が途方もなく大きなものに思われた。

何か別のことでマキくんの役に立てばいいのだと思っても、ヴァイオリンを弾くこと以外に取り柄がないわたしは、料理も得意じゃないし、仕事を手伝うこともできない。

つまり、何の役にも立てそうにない。


(わたしって、役立たずの番犬……)


項垂れそうになり、こんなことではいけないと首を振る。


(うーっ! ヤメヤメ! ネガティブなこと考えないっ!)


選曲が悪かったのだと思い直し、別のCDを取り出そうとした時、物音に続いて聞き覚えのある声がした。


「ハナっ! いるのか?」

(ん? 雪柳……さん?)

< 224 / 364 >

この作品をシェア

pagetop